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全てのデータ関連産業が売りの対象に見える時―金融情報サービスにおけるシグナルとノイズの区別
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グローバル・エクイティ・オブザーバー
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2026年1月15日
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2026年1月15日
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全てのデータ関連産業が売りの対象に見える時―金融情報サービスにおけるシグナルとノイズの区別 |
この数ヶ月間、投資家たちはある疑問に捉われていました:それは、生成AIであれ、エージェント型AIであれ、先進的な人工知能(AI)は、現代社会を支えるデータ集約産業に対して、破壊をもたらすのだろうかという疑問です。ソフトウェア会社からコンサルティング会社、情報サービス会社、信用調査会社、取引所、保険ブローカーに至るまで、株式市場における全面的な売りから免れたデータ集約産業はほとんどありません。
このレポートを執筆している時点で、S&P Global、MSCI、Moody's、ロンドン証券取引所といった金融情報サービス産業の銘柄は、株式市場で急激に無差別的に売られています。これは先進的AIが、これら企業の競争優位性を浸食するのではないかという懸念の高まりを反映したものです。本レポートでは、金融情報サービス産業に焦点を当て、潜在的な破壊に直面した企業における「防衛的な堀」(競争優位性の防衛力)について、私たちの分析評価を解説します。
私たちの見解では、このような全面的な売り局面は、往々にして投資のチャンスを生むものです。例えば、第3四半期(7–9月期)の初めに起きたMSCIの株価急落は、継続的な売上増加と営業レバレッジを背景に、安定した売上利益率の向上と利益成長が期待できる銘柄に、魅力的な株価で投資する好機を提供してくれました。市場に見られる「まず行動し、後で分析する」という本能的な行動を取ると、情報データ産業において、耐久性のある「防衛的な堀」が、実際にどのように構成されているか、その複雑さを見落とす可能性があります。ボトムアップ手法による高クオリティ企業への投資家として、新しいテクノロジーが、持続的な優位性を侵食する可能性があるのかどうか、ケースバイケースで評価しています。
先進的AIによる破壊の3つの様相
私たちは、先進的AIによる破壊を、大きく3つのタイプに分類するのが有用だと考えています。第一のタイプは、最も深刻なタイプで、私たちが「構造的な破壊」と呼ぶものです。これは、新技術によって信頼性の高い「新技術」競合企業が一夜にして出現し、既存企業の市場シェアとネットワーク効果が損なわれる場合に発生します。ソフトウェアの分野で言えば、小規模で機敏な競合企業が、最小限の投資によって既存企業の能力に匹敵する能力を獲得する事例が該当するかもしれません。例えばGoogleが、先進的なPhotoshop(専門的な画像編集ツール)製品に対抗して、Nano Banana(画像生成AIツール)によって成功を収めたことが最近の事例です。能力に匹敵する能力を獲得する事例が該当するかもしれません。例えばGoogleが、先進的なPhotoshop(専門的な画像編集ツール)製品に対抗して、Nano Banana(画像生成AIツール)によって成功を収めたことが最近の事例です。
第二のタイプは「重大な破壊」です。これはビジネス・モデルを一掃する変革ではなく、再構築を必要とさせるものです。この場合、既存企業は競争力を維持するために、価格体系や提供モデルを再構築する必要が出てくるかもしれません。これは、クラウドの台頭によってソフトウェア企業に起きた変化と同様です。
第三のタイプは、「二次的な破壊」です。先進的AI が単に投入コストを削減したり、製品開発を加速させたりする事が該当します。金融データ・サービス企業やデータ分析企業に対する影響のほとんどは、このカテゴリーに該当すると考えています。生成AI はデータ収集とコード記述のコストを低下させますが、基礎となるビジネス・モデルと顧客の需要(信頼性があり、正確で、規制に沿った情報に対する需要)には、ほとんど変化がありません。企業が上手くイノベーションを進展させるなら、先進的AI は脅威ではなく、逆に強みとなる可能性があります。
本当の「防衛的な堀」:データ、エコシステム、インテグレーション
金融情報サービス業は容易に模倣できないと、私たちは考えています。彼らの「防衛的な堀」は、複数の要素が相互に連動して防御機構が構成されています。
まず一つ目の要素は、データの所有権です。MSCIの指数やMoody'sの信用格付のような独自のデータやブランド化されたデータセットは、実質的に代替は不可能です。理論的には誰でも株価指数を作ったり、企業の信用について意見を述べたりすることは可能です。(実際、多くの人が試みています!)、しかし、永続的な「防衛的な堀」を形成しているのは、MSCIやMoody's のブランド化されたデータセットに対する信頼性と利用者の使い慣れた親近感なのです。しかし、クリーンな公開データを所有しているだけでも、競争上の差別化要因となり得ます。一貫して同一で連鎖した、何十年分もの検証済みの履歴データを再構築することは技術的に難しく、かつ法外な費用がかかります。
二つ目の要素は、エコシステム効果です。信用格付や指数は、世界の資本市場における共通言語として機能します。信用格付や指数が機能するのは、全ての市場参加者が利用しているからです。規制の枠組み、ベンチマーク、そして投資委任契約に一旦採用されると、それらは金融システムのインフラの一部となってしまうのです。これはS&P Globalにも当てはまります。
三つ目の要素は、利用顧客のワークフローに統合されると、強力なスイッチング・コストが発生することです。プラットフォームは、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)、ターミナル端末、リスク・システムを介して、投資運用担当者、トレーダー、アナリストの日常業務の中に組み込まれます。そのため、そのプラットフォームを切り替えるにはコストがかかり、リスクを伴うことになります。
その他の「防衛的な堀」としては、グローバルな配信ネットワーク、規制当局の監査を満たす企業向け仕様の(高い)セキュリティ、 そしてますます操作がスムーズになっているユーザー・インターフェース(UI)が挙げられます。スタートアップ企業にとって、UIの革新は容易に複製できるかもしれませんが、インテグレーションや信頼性、コンプライアンスについては簡単に真似できません。
「データ・アクティベーター」:言語と信頼の上に築かれた「防衛的な堀」
S&P Global、Moody’s、MSCIを、私たちは「データ・アクティベーター」と呼んでいますが、これらの企業は、情報サービス産業のバリューチェーンの頂点に位置しています。彼らのブランド化された、優位性が高い主要事業は、未加工のデータを実用的な見識へと変換し、さらに重要なことに、広く理解される共通言語へと変換することです。Moody’sの信用格付やMSCIの指数が価値を生み出すのは、計算が難しいからではなく、世界的な認知と受容性のためです。これは、エコシステム効果が機能している好例です。
私たちの見解では、これらの企業の利益の70%以上は、先進的AIによる破壊から概ね影響を受けない部分から発生しています。MSCIのESGデータ集計やS&P Globalの金融デスクトップ提供サービスなど、一部では前述の「二次的な」影響を受ける可能性はありますが、このようなリスクは、最近の全面的な売りの反応と比べて限定的であると考えています。
同様に、これらの企業は、先進的AIの導入によって利益を向上させる十分なチャンスがあります。アナリストの生産性を高めるツール、クレジット評価を迅速化するツール、また、顧客が使う画面の操作性を改善するツールは、利益率を脅かすどころかむしろ売上を増やし、コストを削減する可能性を秘めています。自社が保有する膨大な独自データを使って、モデルを改良できる機能も、過小評価されている競争優位性の一つです。S&PやMSCIのような企業が、自社のインフラに先進的AIを組み込むということは、将来、破壊を起こすかもしれない新興企業にとって市場参入のハードルを、下げるどころか上げることになるのです。
「データ・アグリゲーター」:「防衛的な堀」は浅いが、防御は可能
対照的に、例えばFactSetや、ロンドン証券取引所グループ(LSEG)の一部の部門は、「データ・アグリゲーター」として機能し、データを所有するのではなく、第三者の情報をキュレーション(収集・整理)して提供しています。彼らにとっての「防衛的な堀」は、独自のブランド化されたデータの所有ではなく、顧客のために膨大な情報データをいかに整理し、検証し、安全に統合するかという手法によって築かれています。
毎日何百万もの機密性の高いポートフォリオ・データをアップロードする機関投資家にとって、信頼性と確実性は、新規性よりも重要な要素です。AIのスタートアップ企業でも、このようなインフラは簡単に複製が可能だという市場の仮定は、機密情報である金融データを取り扱う上で、運営上または規制上の制約を無視していると、私たちは考えています。顧客はデータのエラーに対して許容度が非常に低いため、ベンチャーキャピタルの支援を受けた新興企業による検証実績のないAIモデルに、自分たちの取引ポジションを入力して、安心できる最高リスク管理責任者はほとんどいないでしょう。
同様に、リアルタイムのマーケット・データの「配管」に相当する事業、すなわち取引所への光ファイバー接続、クラウドベースの送信、そしてエンタイトルメント・システム(アクセス権管理システム)は、資本集約的であり、厳格に規制されています。先進的AI によって、コーディング費用を下げたとしても、新規参入企業が、既存企業の物理的インフラやコンプライアンス体制と肩を並べるには、依然として障壁が存在します。
アグリゲーターの堀は、アクティベーターの堀よりも浅いかもしれませんが、存在しないわけではありません。彼らの強みは、情報のインテグレーション(統合)、ディストリビューション(配信)、そしてセキュリティにあります。これらは自動化が難しく、顧客維持には不可欠な要素です。
先進的AIは脅威ではなく、生産性向上のチャンス
最近の全面的な投げ売りの皮肉な点は、先進的AI が既存企業を弱体化させるどころか、最終的に、むしろ彼らを強化する可能性があるという点です。先進的AI は、コーディング、データ・クレンジング、インターフェース設計のコストを削減することによってイノベーションを加速させ、生産性の向上を可能にします。すでに大規模な事業を展開し、確立された信頼性と流通網を持つ企業にとって、これらのツールは競争優位性を侵食するどころか、さらに強化させることが可能です。また、価格決定力を持つ企業は、売上の増加を維持することも可能です。
例えば、信用格付においては、先進的AI は、アナリストが新規発行体を迅速に評価する作業を支援し、市場に公表するまでの時間を短縮し、利益率を向上させることができます。リスク分析においては、先進的AIを搭載した(操作画面などの)インターフェースが、(顧客である)投資チーム全体による製品の採用拡大につながる可能性があります。これらは漸進的ですが、意義のある機能強化であり、既存企業の地位を強化するものです。
シグナルとノイズの区別
株式市場が微妙な差異まで、適切に織り込むことはめったにありません。破壊に対する懸念が無差別的に広がる時、高クオリティ企業の投資家は、防御ではなく攻撃に出ることができます。但し、依然として銘柄の選定は必要です。バリュエーションや保有ウェイトを吟味するだけでなく、あらゆるビジネス・モデルのレジリエンス(耐久力)を精査することが重要です。しかし、金融情報サービス産業の最近の全面的な売りは、私たちにとって、市場が「赤ん坊を風呂水と一緒に捨てる」ということわざの典型のように見えます1。
私たちは引き続き、S&P Global、Moody's、MSCIを、世界のデータ産業の中で最も耐久力がある、優位性が高い企業の一角であると考えています。彼らの防衛、すなわち、独自のデータ、エコシステムに組み込まれている事、顧客のワークフローと統合している事、そして広範な配信網は、圧倒的に強力であると考えています。いわゆる「AIの脅威」は、やがて、彼らの事業全体における新たな効率性とイノベーションの推進力となるかもしれません。
これまでと同様、私たちの投資手法では規律を守り、長期的な視点を堅持しています。すなわち、本当の構造的リスクと景気変動に応じた話題を区別し、企業のクオリティとバリュエーションに焦点を当てています。そして、耐久性のある「防衛的な堀」(特に信頼性、規制、名声の上に築かれた堀)は、一時的なニュースの見出しや話題などよりも、ずっと長く存続することを忘れないという姿勢を堅持しています。
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エグゼクティブ・ディレクター
インターナショナル株式運用チーム
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