リサーチ・レポート
戦略的サプライチェーンの時代
|
|
グローバル・エクイティ・オブザーバー
|
• |
2025年12月30日
|
|
2025年12月30日
|
戦略的サプライチェーンの時代 |
昨今の環境において、地政学的な緊張が世界経済の結束に対する脅威となっている状況では、強靭なサプライチェーンの構築は、企業の経営戦略上、必要不可欠な課題となっています。企業は、変動する需要、政策介入の増加、そして予測不可能な障害が増加している現在の環境を乗り越えて行かなければなりません。しかし多くの製造業者にとって、海外の供給元との関係を完全に断ち切ることは現実的ではありません。グローバル企業にとってレジリエンスとは、単なる緊急事態に対する備えではなく、崩壊しないようにバランスを取ることです。
途切れの無い円滑なグローバル・サプライチェーンの時代は、終焉を迎えつつあるのかもしれません。現在、テクノロジー、エネルギー、防衛、資本財などの世界中で最も重要な産業のいくつかは、益々分断化されて地政学的リスクを抱えた、半導体のエコシステムに依存しています。業務の停滞や生産性の低下を招くボトルネックは、時々発生する不具合ではなく、サプライチェーンの構造的な問題にあると考えます。
解りやすい例として、米国の貿易規制があげられます。この規制は特に、中国の高度なAI 半導体製造能力を標的にしたものです。これに対抗して、中国商務部は、ジスプロシウム、テルビウム、ガドリニウムを含む7つのレアアース(希土類元素)について輸出規制を導入しました。これらのレアアースは、高性能コンピューティング、電気自動車、送電網で使用される磁石の製造に不可欠な素材です1。現在、これらの素材については特別な輸出ライセンスが必要ですが、いくつもの産業分野で供給不安が一層高まっています。サプライチェーンにおいて、摩擦や障害はもはや理論上の話ではなく、すでに現実のボトルネックとして顕在化しているのです。
次世代の人工知能(AI)コンピューティングを支えるために設計された、テキサス州のデータセンターを想像してみて下さい。もっとも、データセンターは稼働できずに止まっていますが…。稼働できない理由は、高電圧の変圧器が、中国の深圳の港で足止めされているからです。米国の電力網の拡張は需要に追いついていませんが、原因は事業者の意欲不足ではなく、高度な送電装置に必要な特殊磁石が、ほぼ中国に依存しているレアアースを原料としているためです。インフラ整備が追いつかないとしたら、折角のイノベーションも何の意味があるというのでしょうか?
元よりレジリエンスを重視しているので調達モデルと環境リスクモデルを向上
資材の調達に障害が発生しないという前提であれば、コスト効率を図ることで、大きな競争優位性を実現できるかもしれません。何十年もの間、ある日本の自動車メーカーが採用した「ジャスト・イン・タイム(JIT)」のオペレーション管理モデルは、効率性重視の戦略として称賛されていました。このモデルは、在庫コストを最小限に抑える目的で、必要な時に必要な部品が正確に届くよう設計されたものです。しかし2011 年の東日本大震災と津波によって、高度に最適化されたサプライチェーンは、本質的な脆弱性が露呈してしまったのです2,3。
その後、新型コロナのパンデミックによって、予測不能なサプライチェーンの中断による損失を軽減するため、多くの企業が「念のため」に在庫を保有、すなわち「ジャスト・イン・ケース」モデルを採用するようになりました。しかし2023年までには、サプライチェーンのリスクが残っているにもかかわらず、パンデミック問題が鎮静化する過程で、一部の企業は、再び「ジャスト・イン・タイム」モデルに戻ってしまったのです。これは、高金利とインフレ環境下において、多量の在庫を抱えるコストの上昇によるものです4。
これらの景気循環的な企業の対応は、深い真実を示しています。すなわち本当のレジリエンスとは、特定の一つのモデルに固執することではなく、戦略的な柔軟性にこそ存在するのです。しかし、今日のレジリエンスの確立には、単なる在庫の積み増しや、供給元の分散以上の配慮が求められています。つまり、気候変動の物理的な影響や、天然資源の枯渇リスクを考慮する必要があるのです。猛暑、干ばつ、洪水、そして異常気象によって、物流網や工業生産、原材料の供給において、障害がますます頻発しています。
過小評価されがちなリスク要因の一つが、水資源の不足です。アリゾナの半導体工場からインドの製薬工場に至るまで、安定した水源を利用できるかどうかが、重要な制約条件として浮上しています。気候関連リスクは仮定の話ではなく、今や「定量化が可能な現実の障害」になっています。このように、本当のレジリエンスを獲得するためには、原材料の調達や資本計画に、気候リスクのマッピング、シナリオ分析、適応戦略の策定を組み入れることが不可欠であると言えます。
マーケットを形成する当事者としての国の産業政策
サプライチェーンの再構築は、もはや企業だけの取り組みではありません。国家が、そのマーケットを形成する戦略的な当事者として台頭しています。象徴的な例として、米国国防総省が、米国国内で唯一の、完全に完結した(つまり分業していない)レアアースの生産企業に対して出資しているケースが挙げられます5。米国国内のレジリエンス強化を支えるために、米国政府は長期契約に対する最低価格保証を提供し、コストの変動や地政学的リスクに悩まされる事業分野への投資を実質的に下支えしているのです6。このような新しいビジネス環境において、国の産業政策は、ビジネスの傍らに存在するのではなく、供給構造を左右する中核的な要因となっています。投資家にとって、この点は大きな転換を意味しています。つまり、国家が主導するインセンティブ、補助金、原材料の調達モデルは、長期的なサプライチェーンのレジリエンスを評価する上で、特に重要な鉱物資源、半導体、防衛産業などの分野においては、今や決定的な変数になっているといえます。
レジリエンスへの投資:先行する優良企業の例
長期投資家にとって、グローバル・サプライチェーンの再構築は、単なるリスク管理の対象ではなく、レジリエンスを競争優位性に転換している企業を見極める機会でもあります。私たちの見解では、サプライチェーンのレジリエンスは、運営の卓越性、価格決定力、戦略的先見性の指標となっていますが、これらの要素は、私たちが選好する優良企業の特徴でもあります。このような観点から、私たちは今年、サプライチェーンのレジリエンスをエンゲージメントのテーマとして取り上げてきました。なぜならば、保有企業がサプライチェーンの障害という潜在的に財務上重大なリスクについて、どのように対応しているかを評価することに、私たちは努めているからです。
例えば、ルグラン(Legrand、電気機器メーカー)は、サプライチェーンのレジリエンスに積極的に取り組む優れた企業の一例です。同社はバリューチェーン全体にわたる気候変動の影響や地理的リスクを事前にマッピングしています。関税措置をめぐる不安定な状況下では、米国の事業部門が自社の中国やメキシコへの依存度だけでなく、主要なサプライヤーの中国やメキシコへの依存度も評価し、ステークホルダーとの明確なコミュニケーションを可能にしています。また、ルグランは台湾のような地政学的に脆弱な地域においても、単一企業からの調達を避け、積極的にサプライヤーを拡大しています。
同様に、サフラン(Safran、航空機産業)は、ロシア産チタンや中国産レアアースへの依存を軽減する取り組みを進めています。変化する法規制に対応するため、契約条項の見直しや柔軟に原材料の調達先の確保を進めています。また、ASML(半導体装置メーカー)のケースでは、サプライチェーンのレジリエンスが初めから不可欠な要素であったため、他のサプライヤーを積極的に取り込みながら、特にレアアースに関するリスク管理強化と、パートナーシップの深化とのバランスを調整しています。同社は、原材料の供給元の可視化を高め、選択的なデュアル・ソーシング(複数からの調達)を実行し、気候変動に対するレジリエンスにも投資しています。これらの活動はすべて、輸出規制や関税関連の圧力に対処する中で、半導体のバリューチェーンにおける同社の重要な地位を際立たせています。
障害の発生が常態化しつつある世界情勢の下では、サプライチェーンを理解することは必要不可欠と言えます。これは単に未解決の貿易摩擦に直面しているだけではなく、グローバル秩序におけるさらに深い構造的な変化を見据えてのことです。最終的に、これらの事例が示していることは、レジリエンスとは単に損失リスクの回避では無く、長期的な選択肢の確保、持続的なイノベーション、優れた資本効率を、可能にすることと考えます。分断された世界において、私たちは早期かつ賢明にサプライチェーンの耐久力に投資する企業こそ、構造的に有利な立場を築くと考えています。すなわち、レジリエンスこそ、今後の新たな「アルファ(超過収益の源泉)」になる可能性が高いといえるでしょう。
|
ヴァイス・プレジデント
インターナショナル株式運用チーム
|
|
ヴァイス・プレジデント
インターナショナル株式運用チーム
|