リサーチ・レポート
継続的なイノベーションによる勝利
|
|
グローバル・エクイティ・オブザーバー
|
• |
2025年7月9日
|
|
2025年7月9日
|
継続的なイノベーションによる勝利 |
変化する世界秩序に不確実性が高まっている現在、投資家はどこに堅実性を見出すことができるのでしょうか? 私たちは、継続的な売上と価格決定力を確立している企業は、しばしば強力なイノベーションによって支えられていると考えています。イノベーションの効果は、破壊的または革新的な発明を上回ります。漸進的で段階的なイノベーションこそが、時代に適合し、競争における差別化を牽引し、長期的な成長を可能にするコアな戦略であると私たちは考えています。イノベーションを推進する企業文化に関する連載の第1回は、生活必需品セクターのリーディング・カンパニーが、市場におけるポジションを強化し、変化する顧客のニーズや期待に応えるために、いかにして継続的なイノベーションを推進しているのかについて考察します。
継続的なイノベーションのリズム
生活必需品セクターのように市場が成熟し、すでに世の中に広く浸透している産業において、成長を達成し価格決定力を維持するためには、消費者ニーズに応える着実なイノベーションのパイプラインが必要となります。そして継続的なマーケティングへの資金投入と、業界で最高水準の実行力によってサポートされなければなりません。現在、生活必需品セクターは、私たちの高クオリティ・ポートフォリオに占める割合は比較的小さく、情報技術などに比べるとイノベーションとの関連性は明瞭でないかもしれません。それでも、私たちが生活必需品セクターにおいて厳選し保有している銘柄は、イノベーションの点から見て、世界でトップクラスの経営能力を持っていると考えられます。
例えば、プロクター・アンド・ギャンブル(以下P&G)は、売上の14%を研究開発(R&D)費と広告宣伝費1 に充てており、商品の継続的なイノベーションを実現しています。過去50年にわたり、米国のファブリックケア事業は、極めて成熟した産業分野であるにも関わらず、同社は強力なイノベーションのパイプラインに後押しされ、年間一桁台半ばの既存事業によるオーガニック売上成長を維持してきました。今年は、洗剤カテゴリーにおけるリーダーシップを強化し、50件の特許が使われている水溶性固形洗剤「タイドEVO」を発表しました。この洗剤はプラスチック製の容器に入っているのではなく、乾燥した固まりとして包装されており、プラスチックの削減とエネルギー使用量の削減(冷水で活性化するためエネルギー消費量が90%削減される)を望む消費者には魅力的なはずです。また、100%濃縮されているため無駄がありません。
私たちの見解では、P&Gの成長戦略は、規律ある実践行動のケース・スタディであるといえます。同社の戦略の5つの柱 ― 商品、パッケージ、ブランド・コミュニケーション、小売現場での実践、そして消費者および顧客に対する価値提供 ― は、それぞれ独立した戦術ではなく、市場拡大を推進するために設計された、広範で統合されたプラットフォームにおける相互に連動した構成要素なのです。商品設計から店頭の陳列に至るまで、つまり、消費者の心に響き、競合他社を凌駕し、変化する消費者ニーズに迅速に対応する商品をP&Gが提供するためにデザインされた一連のプロセスの全ての構成要素の中に、イノベーションが織り込まれています。このようにして、価格決定力を維持し、耐久性のある粗利益率を実現すると同時に、商品ポートフォリオを常に新鮮で適切なものに保ち、消費者の心に残り、定期的な購買行動を維持しているのです。
美容業界に目を向けると、ロレアルは長期的な研究開発投資を企業文化に取り入れており、売上の35%という膨大な金額を研究開発費とマーケティング費に充てています。2 このような継続的なコミットメントが、数十年に亘って、毎年一桁台半ばの既存事業によるオーガニック売上成長を可能にしてきました。その一例が、臨床試験済みのメラジル美容液です。この商品は過剰なメラニン色素の蓄積を抑制して肌の黒ずみを治療するもので、20年以上かけて開発されたものです。科学的な大発見を商業的な成功に変換するロレアルの能力は、美容業界における同社のリーダーシップを際立ったものとしています。高クオリティ企業は、データと顧客に関する深い洞察を活用し、精度の高いイノベーションを実行することで、信頼性と価格決定力を高めています。ロレアルは、デジタルとAIを駆使した個人向けカスタマイズ・ツール、グリーン・サイエンス、インキュベーターとのパートナーシップを導入し、競争の激しい成熟市場においても、美容トレンドを先取りし、顧客体験を向上させ、ブランド力を維持しています。
ロレアルのイノベーション主導による優位性は、何世代にもわたって築かれてきた、強固な企業基盤によるところが大きいといえます。あらゆる美容カテゴリー、価格帯、広範な地域に事業を展開する巨大なスケールは、大きな資産となっています。ロレアルの潤沢な広告宣伝および研究開発予算のおかげで、市場シェアの1.5倍の「声の大きさ」、またはマインドシェア(消費者の好感度合)3 を実現しており、その発信力は競合他社の追随を許さないでしょう。一方で、世界トップクラスのサプライチェーンとデジタル・インフラに支えられた分権型の組織構造により、スタートアップ企業のような機動力と多国籍企業のようなパワーを併せ持っています。このコンビネーションによって、年間4〜5%という、かなりの売上成長率を誇る世界の美容市場において、ロレアルは常にそれ以上の成長を遂げています。4
消費者向けヘルスケアの分野において、世界的リーダーであるヘイリオンは、売上の21%以上を研究開発費およびマーケティング費に充てており、商品の差別化のために臨床研究を活用しています。5 特に注目すべきは、ハーバード・メディカル・スクールとの共同研究によって、ビタミンや特定のミネラルを組み合わせて、ビタミン欠乏の予防・治療に使われる「セントラム・シルバー」が、実際に記憶力の向上に効果があることが実証されている点です。また、歯磨き粉「センソダイン・クリニカル・ホワイト」は、エナメル質を傷つけることなく歯の色をニ段階明るくする効果が科学的に証明されており、競争の激しい市場の中でも際立った存在となっています。
最後になりますが、飲料水部門では、ソフトドリンク、水、ジュース、紅茶、コーヒーなど、500以上のブランドを展開するコカ・コーラが、戦略的イノベーションを通じて実用的なポートフォリオを拡大し続けています。今年発売されたコカ・コーラ初のプレバイオティクス(腸内環境改善成分)清涼飲料「シンプリー・ポップ(Simply Pop)」は、腸内健康製品に対する消費者嗜好の高まりを反映したものです。また、「フェアライフ」ブランドは、特許取得済みの限外濾過技術(半透膜で粒子の大きさに応じて分離)を採用し、乳糖と糖分を減らしながら、タンパク質とカルシウムの含有量を高めることで、米国のプロテイン飲料のリーダーとして台頭しています。
為替レートの逆風やマクロ経済の混乱にもかかわらず、コカ・コーラは米ドルベースで利益成長を継続しており、同社のグローバル・システムの強さと連携を示す証拠となっています。コカ・コーラの耐久性の中心にあるのが、「トータル・ビバレッジ・カンパニー」戦略です。これは、販売量よりも付加価値の創出を優先した戦略で、商品ポートフォリオを従来の炭酸飲料から拡大しました。さらに、ボトリング事業(販売部門)の戦略的再フランチャイズ化(分社化)によって、事業構造が簡素化され、資本負担が軽減されると同時に、より高い収益が期待できる事業に経営資源を集中させることが可能になりました。その結果、粗利益率および営業利益率の改善に加えて、資本利益率も向上し、さらに高い水準のバリュエーション(株価収益率や株価フリーキャッシュフロー倍率など)を支える要因となっています。私たちは、コカ・コーラのイノベーションと業務の効率化を柱とした統合的な成長戦略が、経済的な逆風を乗り越え、市場リーダーとしての地位を継続的に支えていると考えています。
企業が繁栄するためには、世界で最も永続的なフランチャイズ企業でさえ、進化し続けなければなりません。私たちは、長期的な成長を支えるイノベーションを実践している企業について、引き続き理解を深めています。株式を保有している他のセクターについても、さらに具体的な事例を紹介していく予定です。私たちの見解では、画期的な商品開発であれ、最先端のAIアプリケーションであれ、継続的なイノベーションを優先する高クオリティ企業こそ、市場の変化に対応し、新たな収益機会を捉え、長期的な成功を実現する上で最適なポジションにあるのです。