リサーチ・レポート
大いなる断絶
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グローバル・エクイティ・オブザーバー
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2025年9月2日
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2025年9月2日
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大いなる断絶 |
第2四半期(4-6月期)は劇的な展開となりました。4月初旬の「解放の日」に発表された関税を受けて市場は急落して始まりましたが、市場の混乱を受けて政策の見直しが行われたことにより、非常に強力に反発し、株式指数は過去最高値を更新しました。4月8日時点で3月末から10%以上下落していたMSCIワールド指数は、第2四半期全体を通して11%の上昇に転じ(米ドルベース)、 2020年のコロナショックからの回復以来、最も強い四半期となりました。
4月初旬以降の環境改善を踏まえれば、株式市場の回復はある程度は正当化されるものの、割高なバリュエーションと記録的な個人投資家の資金流入を伴った現在の幸福感に溢れた雰囲気は、緩やかな成長見通しと多くの不確実性を考えると、正当化するのは困難だと思われます。実際、私たちは株式市場の状態と現実世界の状態との間に大きな乖離を目の当たりにしています。
経済見通しは4月初旬の底からは改善しました。ブルームバーグのコンセンサスでは、2025年の米国実質GDP成長率は、年初の約+2%が足元では+1.5%で、経済成長期待は減速したものの、これは「解放の日」の関税発表直後にウォール街が予想していたリセッション(景気後退)とは大きく異なります(遥かに良い)。更に、インフレ率は粘着性があり、依然としてFRB(米国連邦準備制度理事会)の目標である2%を上回っていますが、関税による加速はまだ見られていません。
より前向きな見方としては、「TACO(Trump Always Chickens Out)トレード」 ― 市場に悪影響を与える政策からトランプ政権が後退する傾向を示すメディア用語 ― がこれまで効果を発揮し、今後も機能する可能性が高い点です。「TACOトレード」の議論は主に、4月9日の「相互関税」に関する譲歩(90日間の猶予措置導入など)の後の、関税に関するものでした。
「TACO調整」は貿易分野を中心に、他分野における調整もあります。移民問題、特に米国における不法移民の送還に関するビジネス上の懸念も緩和されています。最近、政権は農業部門を中心に、不法移民労働者に対する寛容な姿勢を示す発言が増えています。さらに、DOGE1による大規模な政府支出削減に支えられた、財政赤字削減に関する誇大な発言は、米国で需要の逆風を招く可能性がありましたが、収まりました。背景にあったのは議会予算局(CBO)の推計で、最終的な「大きく美しい法案(One Big Beautiful Bill)」は今後10年間で米国国家債務をさらに3兆ドル増加させる、との事でした。これらのTACO調整は2026年の景気刺激要因となり、関税による収縮効果を緩和するでしょう。
一方で、最近の政策変更による経済への悪影響はまだ完全には現れていないため、経済と市場には依然として大きな政治的逆風が残っているという見方もあります。現在の取り決めでは、2.5%から15%に引き上げられた実効関税率2が適用され、90日間の関税停止期間が終了してさらに関税が引き上げられる前に、消費者に対する事実上の課税とインフレショックの両方の役割を果たすことになります。これらの既存の関税が消費者物価に与える影響は、まだ完全には現れていない可能性があります。更に、米国の労働市場の成長も急減速し、バークレイズの予測では、高齢化と純移民の減少により、米国の労働市場の2026年と 2027年の成長率は、米国経済が通常経験している+1%超の水準に対して、+0.1%に留まります。米国の労働市場の成長鈍化は、総需要と企業利益率の両方が脅かします。より広く見れば、90日間の停止措置の期限など、政策の不確実性は依然として非常に高く、消費者と企業の信頼感に影響を与えています。
政治以外では、4月初旬以降、市場を後押しする 2つの要因があります。1つは、今年初めにディープシークショックがあったにもかかわらず、ハイパースケーラー(大規模なクラウドインフラを提供・運用する企業)の設備投資予測が引き続き上昇していることです。これは、ハイテク大手企業が依然としてコンピューティング(データ処理や算術演算)の需要が大幅に増加すると予想しているためです。もう1つは米ドル安の進行で、ICEドル指数は年初来で10%以上3下落しています。米ドル安によって、MSCIワールドの売上高の半分、S&P500企業の売上高の40%を占める、米ドル以外の通貨建て売上の米ドル換算が増えるため、株式市場全体の米ドル建て売上が増加します。
4月のテールリスクの一部は後退したものの、全体的な見通しは通常の成長環境しか示しておらず、米国の予想GDP成長率は2025年と2026年にそれぞれ+1.5%で、年初時点の予想を下回る見込みです。欧州連合(EU)では依然としてさらに低く、約1%の成長率が見込まれています。この魅力に欠ける見通しに加えて、見通しの不確実性は異例の高水準にあり、背景には、地政学的な緊張の高まりと不安定な米国政策環境があります。結果として、エコノミストたちが予想する今後12ヶ月間の米国景気後退の可能性は、38%に高まりました。4月初旬の最も深刻な懸念は実現していませんが、年初時点よりも環境が改善されたと主張するのは難しいでしょう。
一方、市場は現実の経済とは切り離された、全く異なる世界が想定された価格付けとなっている様です。株式市場のバリュエーションは歴史的に見て明らかに高水準です。MSCIワールド指数は予想利益の約20倍、S&P500指数は22倍の水準にあります。これらの高い倍率の分母である予想利益は、二桁成長を続けることが見込まれていますが、その背景には、記録的な高水準にある利益率がさらに改善されるとの前提があります。これらの株式市場の動向が起きている時期に、米国企業の利益は実際に、減少しているのです。S&P500の2025年と2026年の予想利益は、年初比でそれぞれ約4%減少しています。これは、急速に価値が下落するドル建てで測定しても(つまりドル安で
米国外売上のドル換算が増えているという好材料にも関わらず)減少しているのです。債券市場も非常に好調で、ICE BofA BBB US Corporate Spread Indexは110bps4まで低下し、年初に記録した過去最低水準に近づいています。
市場が、全体的なバリュエーションの拡大以上に、騒々しい、多幸感に溢れた、あるいは空虚である(お好みの形容詞をお選びください)ことを示す証拠は他にもたくさんあります。バークレイズの株式ユーフォリア指数は10%を超える水準まで反発し、ドットコムブーム(ITバブル期)や2021年のミームブーム(個人投資家の熱狂的な支持によって価格が上昇する現象)のレベルに匹敵しています。今年上半期に個人投資家が過去最高の1550億ドルの株式を購入したことを考えると、これはおそらく、驚く事ではありません5。株式市場の上昇要因を見ると、4-6月期のMSCIワールドの上昇(米ドルベースで+11%)のうち、半分以上が25業種のうちの僅か2業種(半導体・半導体製造装置とソフトウェア・サービス)に集中しており、上昇の85%は、景気敏感性の高いメディア・娯楽、銀行、資本財を加えた5業種で占められています。
要約すると、私たちの見解では、現実的な見通しは最善の見積りでも、平凡で、不確実性が非常に高い状態という事です。一方で、市場は高い成長シナリオを高い確信度で織り込んでいる様子です。個人投資家の多幸感に満ちた行動の証拠は数多く存在し、彼らは今後、下落局面での買い増しをさらに正当化できると感じるでしょう。このような市場の楽観主義を考慮すると、4-6月期は、業務レバレッジおよび財務レバレッジが低く、厳しい状況下でも堅調な業績を維持できる可能性が高い高クオリティ企業にとって、良い環境ではなかったことは驚くべきことではありません。要するに、市場は厳しい状況の可能性を完全に排除しているように見えます。しかし、私たちの市場と現実の乖離に関する見方が正しい場合、高クオリティ企業は真価を発揮する機会を得られる可能性があります。
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マネージング・ディレクター
インターナショナル株式運用チーム
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