リサーチ・レポート
一歩前進、二歩後退
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グローバル・エクイティ・オブザーバー
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2022年7月27日
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2022年7月27日
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一歩前進、二歩後退 |
ヘルスケアは、高クオリティかつディフェンシブな企業を探すのに適した領域であると私たちは考えています。多くの場合、特許、規制、長期契約によって、売上と参入障壁が守られています。ただし、個々の企業が利益を増やせるかどうかは企業によって大きく異なるため、長期的に利益を増幅させる能力を見極めるには銘柄ごとに考察を行う必要があります。
長期間の特許権、妥当な価格、10年以上前の治療法やフレームワークに依存するだけでは十分とは言えません。私たちは、革新する能力、新しい治療法や治療手段を提供する能力、科学のパラダイムシフトに加わる能力がある企業を探しており、これら全てが長期的な収益力と高い投下資本利益率を維持する能力に対して直接影響します。保有するヘルスケア関連企業に関して考慮すべき最も重要な変化の1つは、「オーダーメイド医療」の発展です。オーダーメイド医療はヘルスケアのバリューチェーンの多くの部分に影響を与え、かつては不治の病と考えられていた病気に対して、新しい治療や回復への道を切り開いています。
例えば、アッシャー症候群という病気は、幼い子供に難聴と失明をもたらす非常に稀な遺伝病で、今日においては治療法が確立されていません。このような病気の治療法を確立することは画期的なことですが、それを支える科学技術は決して新しいものではありません。ある病気にかかった人とそうでない人の遺伝子を比較し、研究者が原因となる欠陥遺伝子を特定するz「ゲノムシークエンス」という手法が存在しています。1990年、最初のヒトゲノムの配列決定には55億ドルの費用と13年の歳月を要しました。現在では1日もかからず、費用も約200ドルです。
アッシャー症候群は、欠陥のある遺伝子を正常な遺伝子に置き換えることができれば、難聴や失明につながる症状の発症を防ぐことができ、完治する可能性があります。ゲノム解読は、すでに特定の疾患の治療法開発の中心となっています。例えば、免疫療法薬は、がん遺伝子の発現を変化させることで、新しい方法でがんを直接攻撃します。患者の遺伝的体質、予測される反応、病気のリスクに基づいて患者に治療を行う、オーダーメイド医療の時代が到来しているのです。
一歩前進:オーダーメイド医療への期待
ゲノム革命は、医療における画一的なアプローチから個別化されたアプローチへの移行を可能にしました。従来の画一的なアプローチでは、靴屋でサイズを確認せず、試着もせずに古い靴を買ってしまうようなものです。オーダーメイド医療では、個々の患者の遺伝的特性や疾患に合わせて医療を行います。スイスの多国籍製薬会社が開発したゾルゲンスマは、遺伝子治療の最も優れた例であり、これはオーダーメイド医療の一種です。ゾルゲンスマは、欠陥のある遺伝子を働く遺伝子に置き換えることで効果を発揮し、幼い子供の遺伝性脊髄性筋萎縮症の治療薬として使用されています。遺伝子治療はまだ開発の初期段階にあり、利用するにはコストがかかりますが、この先さまざまな病気を治すことができるようになると期待されています。
オーダーメイド医療のもう一つの例は、イギリスとスウェーデンのバイオ製薬会社が開発したエンハーツです。このエンハーツによってオーダーメイド医療は発展し、がんとの戦いにおいて大きな一歩を踏み出すことができました。既存の化学療法は、体内の健康な細胞を壊し、その過程でがん細胞を捕らえることを目的としています。エンハーツは、複雑な技術を使って、がん細胞にのみ化学療法剤を投与します。これにより、健康な細胞を殺すことなく、医師は毒性の強い強力な薬剤を、より多く特定の部位に投与することが可能になります。エンハーツは、既存の治療法がほとんどない、非常に特殊なタイプの乳がんを治療できる可能性を有しています。
二歩後退:オーダーメイド医療の落とし穴
オーダーメイド医療の開発は険しい道程になります。医薬品の開発者は、治療法の有効性や安全性が十分でない場合、臨床試験の失敗という一般的な脅威に直面してきました。また、治験を経て実際に規制当局から承認された場合でも、好ましくない副作用を伴う場合があります。遺伝子治療の中には、高コストや安全性の問題から、治療対象となるのは潜在的な患者の25%に過ぎないものもあります。その上、医師の中には、患者に一生影響を与え、元に戻すことができない可能性のある「一発治療」を行う前に、その薬剤の安全性についてより良い実績を要求する者も存在します。血友病のような疾患の場合、患者は既存の治療法を継続し、10年から20年待って、期待される治療法がどのように機能しているかを確認することを望むかもしれません。しかし、すべての患者がこのように恵まれた環境にあるわけではありません。遺伝性脊髄性筋萎縮症の子どもたちの余命はわずか2年であり、ゾルゲンスマを投与すれば命が救われる可能性があることを意味しています。一部の患者にとって、オーダーメイド医療の「一歩前進」はリスクに見合うものなのです。
オーダーメイド医療革命がヘルスケア分野への投資に与える影響
オーダーメイド医療をめぐるこれらの期待とリスクは、ヘルスケア分野の銘柄選択の機会にとってどのような意味を持つのでしょうか。私たちは、特定の医薬品を開発しているという理由だけでは、個々の企業に投資することを考えません。単一医薬品企業(初期段階のバイオテクノロジー企業など)は、医薬品の進歩や開発の最前線にいますが、同時に挫折の被害を受ける最初の企業でもあります。また、単一医薬品投資は集中リスクが大きく、特に薬が特許切れ(承認後およそ10年)になると、必ずしも長期的に利益を増幅させる能力とは結びつきません。
幸いなことに、この革新は薬そのものに限ったものではありません。オーダーメイド医療への移行は、医療の提供、支払い、モニタリング方法において広範な適応が必要となり、その結果、二次的、三次的な医療の受益者が発生し、投資機会が提供されることになります。
治療法がより的を絞った複雑なものになるにつれて、病気の診断やモニタリングの方法も複雑になります。もし病気の種類を適切に分類できなければ、患者にどの治療を施すべきか、どのように判断すればよいのでしょうか。治療法選択の70%は診断によって決められますが、治療法が変われば、診断法もそれに合わせて変わらなければなりません。診断検査は医療経済にとって極めて重要です。もし内科医が検査によって病気に関連する目印(マーカー)を正しく特定することができれば、そもそも薬が効かないはずの患者に対して、医療システムが薬を浪費することがなくなります。米国の総合ヘルスケア企業や米国の総合科学技術企業は、患者のオーダーメイド医療への適合性を評価するために使用される分子診断テストの開発で最先端を走っています。このような診断関連企業は、臨床試験の失敗や特許切れ、価格圧力といった関連リスクを伴わずに、ますます複雑化する医薬品開発のトレンドに乗ることができるという利点を有しています。
ヘルスケアは、オーダーメイド医療の開発と提供で大きな進歩を遂げています。患者への革新的な恩恵は、これらの高クオリティ銘柄投資における複利的な利益増加の可能性をも高めています。
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ヴァイス・プレジデント
インターナショナル・エクイティ運用チーム
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