リサーチ・レポート
マネーが価値を持った時
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グローバル・エクイティ・オブザーバー
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2023年3月22日
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2023年3月22日
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マネーが価値を持った時 |
科学者の見解では、私たちの大半が新たな習慣を身につけるためには、2カ月から1年程度かかると言われています。したがって、20年にわたる世界的な金利低下に伴い、多くの企業経営者や株式投資家は、必要に応じごくわずかなコストで借金をすることに慣れてしまったと述べても過言ではなさそうです。
実際、過去10年間に世界の企業債務は53兆米ドルから2021年末には88兆米ドル近くに増加し、世界のGDP(国内総生産)の98.5%に達しています1。間違いなくこれらの資金の一部は、企業の生産的な拡張的設備投資に資金を提供し、長期的なインフラ・プロジェクトに投資するのに有効性を発揮しています。しかし、低コストで自由に利用可能な借金は、腐敗を招く可能性もあります。経営陣がバランスシートのレバレッジを利用してリターンを加速させたり、1株当たり利益の増加に見合った報酬が得られるような買収取引を手掛けたり(これは私たちが本当に嫌悪するインセンティブ(報酬決定要因)指標です)、場合によっては、成長ストーリーと見なされる限り資本は「自由」であるといった前提で投資するように、経営陣が誘惑される状況も考えられます。
私たちの投資プロセスでは、レバレッジをかけずに持続可能な高いROOCE(return on operating capital employed:投下資本利益率)を創出する企業を選好しています。当然ながら、過度に財務レバレッジに依存する企業には疑いの目を向けます。 私たちのような長期的株式投資家にとって、負債は非対称的なリスクを表しています。信用供給が豊富な場合、経営陣は社債の支払い期限を心配することはなく、単に借り換え作業を行うだけです。しかし、外因的なショックによって信用供給に制限がかかった場合、再び現金が最も価値あるものとなります。最悪のシナリオでは、債務の支払い要求によって、何年も複利的に成長した利益が解消され、株式価値がゼロになる可能性もあります。これは、レバレッジがもたらす可能性のある数パーセントの追加利益を得るために取るリスクとしては、高すぎるように思われます。偉大なるウォーレン・バフェットによる上品な、皮肉の表現では、「(大抵は勝つが、時には死に至る)ロシアンルーレットの方程式は、企業の株価上昇局面を捉えながら下落局面を回避できる人物にとっては、経済的に理にかなっているかもしれない」という事です(ウォーレン・バフェットが意図しているのは逆の事)。私たちは、株価の下落局面に巻き込まれる回数を最小限に抑えるために、多くの時間を費やしています。
実際に企業全般が世界的な金利上昇に適応するにつれて、 このバランスシートの強さが、我々が保有する企業の収益とフランチャイズの耐久性(レジリエンス)の差別化要因になると私たちは考えています。第一段階の影響はシンプルです。すなわち、現在は負債水準がより低く、この事は、その負債をより高い金利で借り換えた際の収益の下振れが少ないことを意味します。 しかし、私たちが投資する企業は、バランスシートの耐久性を活用し、長期的な見通しの改善を図ることが可能なより優れた位置を占めていると考えます。同僚のMarcus Watsonが以前のグローバル・エクイティ・オーブザーバーの「規模と分散化」 で主張したように、究極的には困難な時期に投資できる能力によって、私たちが追求する競争力が向上し、投下資本利益率の持続可能性が高まり、安定した予測可能な成長が促進されると思われます。
「 私たちが投資する企業は、バランスシートの耐久性を活用し、長期的な見通しの改善を図ることが可能なより優位な位置を占めていると考えます。 そして、困難な時期に投資できる能力によって私たちが追求する競争力が向上し、投下資本利益率の持続可能性が高まり、安定した予測可能な成長が促進されると思われます。」
私たちが投資する企業の中には、通常のビジネスの過程で顧客が多額の資金を定期的に「融資する」一方で、見返りを求めないという、羨望の的になるような企業も存在します。この「浮動資金」は通常、契約期間が非常に短期な取引残高から発生しますが、合計すると安定的なかなりの額になる傾向があります。これらの企業では、顧客の資金がより高い「無リスク」金利で投資されるため、収益の追い風となる確率が高いとみられます。
例えば、私たちが保有する米国の大手の給与計算ソフトウェア・プロバイダーである企業は、顧客が当該企業に資金を送金してから、従業員が当該企業から給与を受け取るまでのわずか数日のギャップから利益を得ています。同社の昨年度における顧客資金の平均残高は325億米ドルであり、1.4%の利回りが得られていました。米国の短期金利は上昇傾向にあるため、これらの資金がもたらす利回りは、上昇する可能性が高いとみられます2。
同様に、私たちが運用するいくつかのグローバル株式ポートフォリオで保有している、国際的な債券商品に関する世界有数の決済およびカストディ業務に従事する欧州の取引所では、債券取引のための決済に向けた前払い資金として、顧客に現金残高の維持を義務付けています。現金残高は約180億ユーロ(うち約50%は米ドル)であり、これらの預託金からの純金利収入は、7-9月期に前年同期比で5倍以上に増加しました3。これはグループ純売上高の約7%に相当し、殆ど全額が最終利益になります。
他の場合で、顧客が企業に資金を預託する商業的な必要性はないものの、単に利便性の観点から委託することを選択する場合もあります。例えば、私たちは欧米地域最大のデジタルウォレット・プロバイダーを保有していますが、同社のプラットフォーム上の顧客口座には通常300億米ドル以上の資金が存在し4、これは主に将来の購入資金に充当されます。これらの資金はいつでも引き出すことが可能ですが、このデジタルウォレットによるソリューションが、消費者にとって便利なオンライン決済手段である限り、この残高は定着すると考えられます。その資金を比較的安全な債券(米国債など)に再投資することで、金利収入の獲得が可能と予想するのは妥当と思われます。
「 負債を通じて成長を設計することが一段と困難になるにつれ、着実に既存事業の成長を達成できる企業の相対的価値は上がるしかないと考えられます。」
低コストの債務によって促進された一部の行動は、金利上昇が経済に浸透するにつれて消滅する可能性があります。消費者が住宅ローンのコスト上昇の対策を講じる中、世界の住宅市場の「泡」は消え去る可能性が高いと考えられます。また、新たな市場に破壊的な影響をもたらす目的で必要となる資本の機会コストを投資家が再評価するため、例えば、真新しい食料品配達ビジネスの広告は減少する可能性が高いと思われます。しかし、負債を通じて成長を設計することが一段と困難になるにつれ、着実に既存事業の成長を達成できる企業の相対的価値は上がるしかないと考えられます。以前にも述べたように、景気が良好な状況下では、収益の回復力(レジリエンス)はあまり重視されません。状況が厳しくなったときこそ、継続的な売上(売上に貢献)と価格決定力(利益率に貢献)の組み合わせが真価を発揮するとみられます。
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エグゼクティブ・ディレクター
インターナショナル・エクイティ運用チーム
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